仙台高等裁判所 平成2年(ネ)368号 判決 1991年7月04日
控訴人 工藤賢治
右訴訟代理人弁護士 阿部一雄
被控訴人 西根町
右代表者町長 工藤勝治
右訴訟代理人弁護士 畑山尚三
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 控訴の趣旨
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二請求の原因
一 別紙目録記載の土地はもと工藤義則所有の畑であったところ、控訴人は昭和五五年六月四日に農地法五条に基づく岩手県知事の許可を受けて買い受け、同年七月一七日売買を原因として所有権移転登記を経由したが、地目の表示は変更せず畑地のままにしておいた。
二 西根町農業委員会の職員で被控訴人町から給料の支払を受け、同委員会の農地の所有権移転や転用に関する職務を担当していた佐藤文城は昭和五八年六月中旬、控訴人から本件土地の地目変更登記申請手続を委任されたと称する土地家屋調査士小笠原喜市の求めに応じて同人に対し、右農業委員会で保管中の前記農地法五条の許可(指令)書一通を交付した。小笠原は許可書のコピーを作成のうえこれを本件土地(畑)の地目(宅地)変更の登記申請に当り添付書類とした。その結果、本件土地は地目が畑から宅地に変更登記がされた。
三 許可(指令)書は許可申請当事者以外の者に交付されるべきものではないのに、佐藤は右申請者でもないし、控訴人の代理人でもない小笠原にこれを交付した結果、控訴人は本件土地を訴外株式会社三ツ星商会に対し譲渡担保などの担保を設定したことはないのに、本件土地につき昭和五七年八月二四日に同月二〇日譲渡担保を原因として同会社に所有権移転仮登記がなされてしまった。
本件土地の地目の表示が畑のままであれば右仮登記がされずに済んだものが、地目の表示が宅地に変更されたために容易に右仮登記されてしまったものである。
四 右のような佐藤の違法な行為により、控訴人は次の損害を受けた。
1 前記登記がなされてしまった経緯につきなした調査のための日当相当額二五万円(一日五〇〇〇円の割合による五〇日分)
2 関係者らを告訴するに当り支出した告訴状作成費用三万五〇〇〇円
3 内容証明郵便料、登記簿謄本交付手数料その他雑費一万五〇〇〇円
4 慰藉料七〇万円 控訴人不知の間に地目変更されたことによる精神的苦痛
五 よって、控訴人は被控訴人に対し国家賠償法一条一項に基づいて右合計一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月二九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求の原因に対する被控訴人の認否
請求の原因一、二は認める。同三のうち、佐藤の身分関係、職務内容及び本件土地について控訴人から株式会社三ツ星商会に控訴人主張のような所有権移転仮登記がなされていることは認めるが、その余は否認する。農地法五条の許可(指令)書は秘扱いでないから何人に開示しても違法でない。また、地目変更は本来は登記官が職権でなし得るものであり、本件土地の当時の状況は既に宅地化していたから、その現況に合致すべく登記簿上の地目の表示が宅地に変更されるものである。控訴人は小笠原土地家屋調査士に本件土地の地目変更登記手続を委任し代理権を付与している。同四は否認する。
第四証拠《省略》
理由
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 控訴人は、本件土地を三ツ星商会に譲渡担保に入れたことはないのに、佐藤が、地目変更の表示登記のための許可(指令)書を小笠原喜市に交付したために、右譲渡担保を原因とする所有権移転仮登記を経由されて損害を被った旨主張するが、右仮登記は地目変更登記の有無にかかわらず可能であるから主張自体失当である。
のみならず、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
土地家屋調査士の小笠原喜市は、控訴人の債権者である訴外日新産業株式会社(同会社は株式会社三ツ星商会と役員が兼務している)の従業員熊谷信作から本件土地の地目変更登記申請手続の委任を受け、同人から昭和五八年六月一五日付控訴人名義の本件土地の地目変更登記申請手続を委任し、代理権を授与する旨の委任状の提出を受けた。小笠原は、本件土地を調査した上で現況宅地になっていることを確認したが、農地の地目を変更するには農地法に基づく知事の許可書を添付するのが、通常であるところから、その旨熊谷に要求したが、同人から、農地法五条の許可を得ているが控訴人がその許可(指令)書を紛失していると聞かされ、西根町農業委員会に対し右許可の有無を問い合わせるとともに許可書の控があれば貸してもらいたいと申出た。申出を受けた同農業委員会の職員佐藤は、未交付のまま保管中の右許可(指令)書一通を控訴人から地目変更登記手続を委任された代理人であるという土地家屋調査士の小笠原に貸与し、小笠原は右許可(指令)書のコピーを作成してこれを土地調査書とともに地目変更登記申請書に添付して登記申請をした。
三 右によれば、小笠原喜市が地目変更登記手続についての控訴人の委任を受けた代理人であるという土地家屋調査士であってみれば、佐藤が、これを信用し、その求めに応じて、控訴人に断ることもなく許可(指令)書を交付したことに格別の落度はなく、公権力の行使に当り違法があったものとは認められない。また、登記簿の地目は不動産の表示の一項目であり、その登記については登記官が職権をもってなす(不動産登記法二五条の二)ものの、登記官がすべての土地についてその現況を職権でとらえることは事実上不可能であるから、所有者からの変更登記の申請があった場合においてこれを調査して変更登記をするという実務慣行になっており、登記簿上の地目が農地である土地を宅地に地目変更するための登記申請に際しては、農地を農地以外に転用するのに知事の許可を必要とする農地法四条、五条との整合をはかるため、その許可書又は農業委員会の現況証明書を登記申請書に添付せしめる実務上の取扱いではある。しかし、表示の登記は、不動産の現況に合致するようにするのが職権主義から出てくる登記法の原則であり、農地法所定の許可を受けたかどうかは地目変更登記の必要前提条件ではない。したがって知事の許可書や農業委員会の現況証明書が添付されていない登記申請であってもその受理を拒むことはできない。ただ前述のような農地法の趣旨に鑑み、かかる登記申請を受理した場合、登記官は職権で農業委員会に許可の有無又は現況を照会し、その回答を受けてから調査認定し変更登記することとしているのである。
本件土地は、控訴人が農地法五条の許可を受けて買い受け、所有しているうちに宅地化し、小笠原が控訴人の代理人として地目変更登記申請をした昭和五八年六月一七日当時は現況宅地となっていたのであるから、その登記申請書に農地法五条の許可書が添付されていなくても、その申請書は受理されて前記の農業委員会に対する照会をし、その回答を受けるなどの手続を経て地目変更登記がなされることになるのである。従って、許可書が西根町農業委員会職員から小笠原に渡されなければ地目変更登記がなされることはなかったのにこれが渡されたから登記されてしまったというようなことは全く無い。寧ろ控訴人が前記のような委任状を熊谷に交付したこと、更には本件土地に前記仮登記にかかる担保権設定の原因証書を訴外会社に差し入れたことなどに、もともと起因するものと認めなければならない。
四 以上のとおり、いずれにしても、その余の点につき判断するまでもなく控訴人の本訴請求は理由がないので、棄却すべきであり、結論において同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 齋藤清實 小野貞夫)
<以下省略>